昭和46年 (月日不明)
                      中村良一


 あの人は、好くとか好かんとかといった様なものが、段々無くなってくるという事が、私は、改まって行く目安になるんじゃないかという風に思いますね。はたして、私どもの周囲の、みんな良い人ばっかりになって行きよるかどうかと。今朝から、そこの、今、合楽食堂の中村さんが、三日も続けて、玉葱のお知らせを頂く。本人は、けろっとしておる、あんまり、三日も続くから、これは(?)にしとかにゃいかんという事じゃろうと言うてから、話されるんですけれども。今日、三日目にはね、その玉葱は、こう、瓢箪の形になっておるところを頂いた。玉葱といや、やはり、これは、改まるという事ですね。自分の、いうならば、脱皮して行くということ。だから、脱皮を重ねて行くに従ってです。本当にその、有難き、勿体なき、恐れ多きと仰るが、そういう有難いとか、勿体ないとか、恐れ多いとかといった様な心が、強うなってくる。という事は、心が安らいでくるという事である。イライラしたり、不安であったり、または、何と申しますかね。ものも好きなものは好き、嫌いなものは嫌いというふうに、はっきりしておるということ。そういうものが、段々、この頃は、無くなって参りましたという事が、私は、一つの目安になるように感じるんですけれどね。ここで、例えば、食べ物なんかでも、私も非常に食べず嫌いが、昔は多いかったんですけれども。まぁ苦労させて頂いたおかげで、何でも頂く様にならせて頂いたんですが。ほんなら、菊栄会の方達の中にも、どうにももの嫌いが多い、そういう人達が多いですね。第一あの、文雄先生が、もう非常にもの嫌いが多い。それからまた、高橋さんが、また大変もの嫌いがあります。久保山茂さんが、やっぱそうです。それから、光男さんなんかに至ったら、もう、どがしこ、よとりもっとり出しとったっちゃ、たぶるもんが無いとですけんね、この人。そして、何たぶるかち言うと、あの、ネギを刻んでから、コショウと味の素かけちから、ままに、どんどんかけて食べるち、そげなもんばっかりち言うちから、やっぱ、食べるものが無いちいう訳なんですよね。もう本当に、それはやはりあの、世間が狭くなりますよね。ただ、私共が、世間広うおかげ頂いて行くためには、どうしても、やはり、改まって行くことにね、本気で努めさせて頂きたい。改まる事によって生れてくる心の安らぎ。または、自分の、いわば、視界が広うなってくる。改まる事によって、という様な答えが、はっきりしておるのですから。日々、改まることが大事なんですし、改まる事に努めておるつもりだけれども、一つも改まって行ってないとするなら。只今、申しましたような答えが出ていないことになるんですね。そういう一つの目当てというものを持って、改まって行きたいと思いますね。どうぞ。